【シリーズ連載】空と魂の対話③
- 横山三樹生
- 5月10日
- 読了時間: 11分
深層で繋がる記憶 ~ ユングと量子共鳴が示す「空」~

夢の断片と真空の囁き
ワタシ:M先生…昨夜なんですが、奇妙な夢を見たんです。
翼を持った蛇に追いかけられる夢で……なんだかすごくリアルで……。
M: それは興味深いですね。ユング心理学では、翼のある蛇は「原初のドラゴン」と
呼ばれる、変容や再生を象徴する元型です。量子的に言えば、それは真空エネルギー
の零点振動のような、普遍的かつ根源的な揺らぎと言えるかもしれません。
集合的無意識=共有知のネットワーク
『個人の記憶と、人類の記憶について」
M: ユングは意識の階層に、個人無意識と集合的無意識を想定しました。前者が一時的な
記憶領域だとすれば、後者は誰もがアクセスできる共通のライブラリ──つまり、情報
の共有リポジトリのようなものです。
ワタシ:それって、量子的に捉えるとすれば…どんな場面に似てるのですか?
あの夢で見た蛇──ただの記憶の断片とは思えなかった。もっと深く、どこか
普遍的なものに触れたような……
M:まさにその感覚は、ユングが語った「アーキタイプ=元型」の特徴です。私たちの夢に
現れる象徴的な存在は、単なる個人的な記憶ではなく、もっと深層の領域──集合的無
意識からの「呼び出し」かもしれません。
ワタシ: 呼び出し? まるで、プログラムのAPIみたいな。
M: そう。ある意味それに近い表現です。集合的無意識は、真空のように「あらゆる可能
性」が折り重なる場──量子力学でいう「真空エネルギーのスペクトル」に似たもの
と捉えることもできます。そこには、誰もがアクセスできる「普遍的な心の関数群」
があると仮定してみてください。
ワタシ: じゃあ、夢の中で僕が見たあの蛇は……その関数のひとつが、僕の“心のコー
ド”から呼び出された結果?
M: そうです。そしてその呼び出しは、脳内の活動、たとえばθ(シータ)波とγ(ガン
マ)波が特定のテンソル構造で同期したときに生じると考えることもできます。
言い換えれば、あなたの脳が、ある意味「アーキタイプAPI」にアクセス可能な状態
になっていたということです。
ワタシ:すごいな……心と宇宙がコードでつながってるみたいだ。
M: ええ、心理現象を量子場に対応させることで、「夢」という現象がどれほど深く
普遍的な“場”と共鳴しているかが、少しずつ見えてきますね。
ワタシ:じゃあ、あの蛇の夢も、僕個人の記憶じゃなくて、人類が共有する記憶から
ダウンロードされたものだったのかもしれません。興味深いです。
固有の形を持つ記憶と元型(アーキタイプ)
『普遍的な心の形』
M:量子の世界では、ある物質の「状態」は、特定の“音階”みたいなものとして表され
ます。ユング心理学で言う「元型(アーキタイプ)」は、人間の心が響く“決まった
メロディ”みたいなものと考えることができます。
ワタシ:よくわからないけど…じゃあ、夢って…その“心のメロディ”が再生された
結果、ってこと?
M:そうとも言えます。夢に出てくるイメージの強さやリアルさは、その“心のメロディ”が
どれだけ強く鳴り響いたか、つまりどれくらい深く心に触れたかに関係しています。
言ってみれば、夢はあなたの「心が再生した記録」なんです。
まだ形になっていない“こころの材料たち”
M:ただし、元型がはっきり形を取っていないとき、夢の中では“混ざったイメージ”が
出てくることがあります。例えば、半分が動物で半分が人間みたいな姿や、場面が
コロコロ変わる夢などですね。
これは、“心の中でまだ決まっていない可能性”が、ぐるぐる混ざったまま現れた
状態です。ちょうど、観察される前の量子が「複数の可能性を同時に持っている」
状態に似ています。
意味のある偶然 ~シンクロニシティと量子の共鳴~
偶然の一致に隠された意味
ワタシ:夢で見た蛇が、偶然にも今日図書館で開いた本にも登場したんだ。
これってシンクロニシティ?
M: ええ、それは「意味のある偶然」。量子物理でいうベル相関のように、遠く離れた
事象が因果を超えて関係しあう現象です。私たちの脳は、出来事を意味のスペクトル
として測定する干渉計のようなもの。シンクロニシティは、その“意味の干渉縞”が
強調された瞬間かもしれません。
ワタシ: 先生、もし僕の夢の中の映像や感情を、そのままデジタルに写せたら……
そんなことって、この先の未来で可能? できるの?
M: 理論上は、可能かもしれません。夢の中に出てくるイメージや感情を、それぞれ
「意味のある記号(シンボル)」として取り出します。そして、その記号に「どれだけ
強く印象に残ったか」や、「どんな感情をともなっていたか」という数値をつけて
いきます。
ワタシ:感情や印象を“数”に置き換えるってこと?
M:はい。そしてそれを、量子ビットという特殊な“情報の粒”に翻訳するんです。
例えば、こんなふうなプログラムのイメージです
(「集合キー」としての量子もつれをIPADに映し出すM)
ワタシ:つまり、夢の内容を「量子の言葉」で表現するってことか。
M:そうですね。これはあくまで理論的な試みですが、将来的には、夢の記録を量子
コンピュータが解析して、人間の深層意識にアクセスするような未来も、夢物語
とは言い切れません。
実は、古代の神話や儀式には「情報を守る仕組み」が組み込まれていたのかも
しれません。それは、量子通信で使われる“エラー訂正コード”とよく似ています。
ワタシ:え、儀式が“エラー訂正”ってどういうこと?
M: 例えば、こんな対応が考えられます:
量子通信の仕組み | 神話や儀式の行為 |
ビット反転の訂正 | 真言や祈りを何度も唱える行為 |
位相のずれの訂正 | 禊(みそぎ)や浄化のプロセス |
エラーの検知 | 毎年繰り返される年中行事や祭礼の再演 |
つまり、何度も同じことを繰り返すのは「記憶の誤りを修正するため」、という意味合いもあるんです。集合的な記憶=人類の深層記憶を、壊れにくくする“文化的な保護装置”と
言えるでしょう。
名前をつける」ことの力は?
M:昔の人は、名前に“力”があると信じていました。たとえば「言霊(ことだま)」や
「呪(しゅ)」ですね。これは、量子の世界で「測定」を行う行為ととても似ています。
ワタシ:測定って、あの「波が一つに決まる」ってやつ?
M:はい。量子の世界では、何通りもの可能性を持った状態が“測定される”ことで、一つに
決まります。つまり、「名をつける」ことは、曖昧だった存在に意味と形を与える、
とても大きな作用なのです。
夢・儀式・意識をつなぐ視点
集合的無意識は、人類全体が共有する“潜在的な記憶の図書館”であり、真空のエネルギーのようにあらゆるところに広がっている。
アーキタイプは、心にあらかじめ備わった「基本の型」。それが夢に現れたとき、
私たちは自分の深層と出会っている。
シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)は、目には見えないつながりが一瞬、
表に現れた瞬間かもしれない。
神話や儀式は、記憶の“エラー”を防ぐための文化的なプログラム。繰り返されること
に意味がある。
「意識のアップロード」は、記憶や感情をそのままコピーすることではなく、
心の“波長”を誰かと同調させるという方法で可能かもしれない。
普遍的な夢
ワタシ:昨夜の、あの蛇の夢……やっぱり僕だけの夢じゃなかったんだね。
M:そうですね。あの夢は「誰のものでもあり、誰のものでもない」。
それは、集合的無意識の深い海から浮かび上がってきたひとつのイメージです。
あなたがそれを“見て”“感じて”“意味を与えた”――
その瞬間、夢はあなたの世界に「現実」として立ち現れたのです。
意味が織りなす偶然―共時性(シンクロニシティ)
ワタシ: ユング心理学には「共時性(シンクロニシティ)」っていう考え方が
あるんでしたよね。原因と結果では説明できないけど、意味のある
偶然の一致のことでしたっけ。
M: ええ、例えば、何年も会っていない友人の夢を見た翌日に、その友人にばったり
再会する、といった出来事ですね。単なる偶然と片付けることもできますが、
ユングは、夢と現実の間に「意味」を通じた繋がりがあると考えたんです。
ワタシ: 「意味」ね……僕たちが個人的に「重要だ」と感じるような繋がり、
ってことかな?
M: その通りです。そして、この共時性の概念を探求する上で、量子力学の創始者
の一人であるヴォルフガング・パウリも深く共鳴したと言われています。二人は、
因果関係はないけれども「意味で繋がっている現象」を「共時性」と名付け、
共同で研究を進めたのです。
ワタシ: 量子物理学者が心理学の概念に興味を持つなんて、なんだか意外だね。
M: パウリは、ユングが1952年に発表した共時性に関する論文を何度も読み込み、
論理的な綻びを指摘しながら、概念を洗練させていったそうです。
「一つの世界」――ウーヌス・ムンドゥス
M: そして、二人が議論したもう一つの重要な概念が、ラテン語で「一つの世界」を
意味する「ウーヌス・ムンドゥス(Unus Mundus)」です。
ワタシ: 一つの世界?それはどんな考え方なんですか?
M:それは、私たちの意識(主観)と物質(客観)が根源的に結びついた、より上位の
次元の領域を指すとされています。ユングとパウリは、物質と意識は、このウーヌス・
ムンドゥスからの投影であり、表面上は因果関係がないように見えても、深層では
繋がっていると考えたのです。
ワタシ: 共時性が起こるのも、この「一つの世界」で意識と物質が繋がっているから、
というわけか。
M: その通りです。そしてパウリは、このウーヌス・ムンドゥスの考え方が、量子力学の
「観測問題」や「量子もつれ」といった現象と深く関わっているのではないかと
考えました。
量子の奇妙な振る舞い
ワタシ:量子の世界って、僕たちの日常的な感覚とはかけ離れたことが起こるので… 「観測問題」とか「量子もつれ」とか……聞いたことはあるけど、よく分から
ないんですよね。
M: 「観測問題」は、有名な「シュレーディンガーの猫」の例で語られるように、私たちが
観測するまで、量子の状態は一つに確定しない、という奇妙な性質です。観測という
主観的な行為が、物理的な現実を決定づけるように見えるのです。
ワタシ: 僕たちの意識が、物質の状態に影響を与えるなんて、信じられないな。
M:そして「量子もつれ」は、二つの粒子が特別な繋がりを持つと、たとえどれだけ遠く
離れていても、一方の状態を観測した瞬間に、もう一方の状態も瞬時に決まるという
現象です。アインシュタインは、この瞬時に起こる遠隔作用を「不気味な相互作用」と
呼び、批判しました。
ワタシ: 離れたものが、まるでテレパシーみたいに繋がっているなんて……
本当に不思議だ。
M:これらの量子の非局所的な振る舞いは、私たちがこれまで信じてきた、出来事は時間的
な順序や空間的な接触によって繋がるという因果的な理解を大きく揺るがすものです。
そしてパウリは、この量子の奇妙な性質が、意識と現実が「意味」を通じて繋がり合う
共時性の構造と、どこか似ていると感じたのです。
科学と直感の狭間で
ワタシ: でも、そうした考え方は、科学の世界では受け入れられているの?
M: 残念ながら、現状では実験的に確かめる方法がないため、科学コミュニティでは
「検証不可能=科学ではない」と見なされています。学術誌でも、疑似科学の範囲と
して扱われることが多いのが現状です。
ワタシ: そうか……科学的な証拠がないと、なかなか認められないんだね。
M: それでも、量子論の不可解さに直感的に迫ったパウリの姿勢や、物理学という厳密
な学問の枠を超えて、心理学者のユングと議論を重ねた歴史的な意義は高く評価され
ています。現代の脳科学や複雑系研究では、「全体のネットワークが非線形に働くこ
とで意味が生まれる」という視点も登場しており、パウリとユングの対話を再び参照
する研究者も現れています。
ワタシ:科学の最先端でも、心と物質の繋がりを探ろうとする動きがあるんだね。
M: ええ。パウリは、厳密な証拠が求められる物理の世界で、非常に緻密な理論を作り
上げた学者でした。だからこそ、何の証拠がなくとも自身の直感で世界を語れる
ユングとの対話を楽しんでいたのかもしれません。共時性やウーヌス・ムンドゥス
は、いまだ証明を欠く概念ですが、量子論の奇妙さと人間の主観的な体験を並べて
考える、貴重なきっかけを与えてくれると言えるでしょう。
Mさん、パウリとユングの議論は、「空(ソラ)」の概念に新たな視点を与えてくれる
と思いませんか?
ワタシ:どういうこと?
M: 「空」は、単なる「無」ではなく、「あらゆる可能性を孕む場」だとお話ししました。
共時性やウーヌス・ムンドゥスの考え方は、この「可能性の場」において、意識と物質
が、私たちがまだ理解できない「意味」という繋がりを通して共鳴し合っている可能性
を示唆しているのではないでしょうか。量子の非局所的な繋がりも、「空」という根源
的な場における、顕在化した現象の一端なのかもしれません。
夜明け前。静まりかえった部屋に、PCのファンが小さく回る音が聴こえます。
その微かなノイズでさえ、もしかすると、集合的無意識の“ささやき”なのかもしれません。
私たちはいつでも、どこかで深く繋がっている。ただ、耳を澄ませるだけでいいのです。
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