古本業界に突如現れた「地方創生」という鉱脈 ~ブックオフの狙う"静かな変化"が示す未来~
- 横山三樹生
- 3月31日
- 読了時間: 6分
かつて「新刊書店を潰す存在」と揶揄されていた新古書業界が、今や地方創生の担い手として、業界内外に衝撃を与えている。「ふるさとブックオフ」という聞き慣れない取り組みは、実は古本業界の未来を照らす大きなヒントを含んでいると私は考えています。
書店ゼロの自治体にブックオフを日本全国、約4分の1の自治体には書店が存在しない。
この数字は、出版業界や教育関係者にとっては衝撃的な事実であり、同時に、古本業界に
とっては最大級の"未開拓マーケット"とも言えるのではにでしょうか?
「ふるさとブックオフ」は、そうした無書店自治体と協定を結び、図書館や役場といった
公共施設の一角を借りてブックオフを展開するというシンプルだが画期的なモデルだ。
しかも、コタツやマンガを設置し、地域の子どもたちが自然と集まる空間を作り出している。

CSRではない、「実益」のある地方創生モデル
表面的には社会貢献活動のように見えるこの取り組み。しかしその実態は、リスクを抑えた上で収益を確保するという、非常に戦略的なビジネスモデルである。場所代はゼロ、在庫は既存の中古本、販売は委託形式。これほど低コストで新店舗を展開できるスキームは、他業界を見渡しても稀だ。
初期の三重県木曽岬町では、月100冊の販売目標に対し、わずか2ヶ月で800冊超を売り上げた。これは小規模ながら明確なニーズが存在することの証左であり、他自治体への水平展開が現実的であることを示している。
官民連携のリアルと、成功の条件
全国で書店のない自治体が4分の1を超える中、「ふるさとブックオフ」は、静かに、
しかし確実に注目を集めつつある。その成功の陰には、単なる発想や仕組みを超えた、
"信頼と協力のマネジメント"がある。地方創生は、善意だけでは進まない行政との連携、地域住民の巻き込み、企業のビジネス的意義――。この三者が「同じ方向を見て動く」ことは、言葉で言うほど簡単ではない。
例えば、民間企業が持ち込んだ事業が、「営利目的」と誤解されて反発を受けるケース。行政側が「前例のない取組み」への対応に消極的になり、停滞することもある。地元住民が「勝手に決められた」と感じて距離を取ることも少なくない。
つまり、官民連携においては、ミスコミュニケーションこそ最大の敵なのである。
ブックオフが見据える信頼構造
IR資料によれば、ブックオフは「ふるさとブックオフ」において、単に本を売るのではなく、自治体と協定を結び、公共施設の一角を間借りし、委託販売形式で本の提供を行っている。この仕組みは、地元のコスト負担をほぼゼロにし、リスクなく「地域に本屋をつくる」ことを可能にした。
さらに、地域の子どもたちが立ち寄れるよう、コタツやマンガを用意し、"地域の生活導線"に馴染む設計を重視している。これは、住民視点に立った空間づくりの好例だ。
地元の学校や図書館とも連携を取りながら、"町のにぎわいの一部"として機能することを
目指す――この姿勢が、信頼を醸成している。
成功のカギは「三者の共通言語」
こうした官民連携を成功に導くには、三者(企業・行政・住民)が使える"共通言語"を整備することが必須である。
① 企業は、「地域課題の解決」と「事業性」をバランスよく説明する責任がある。
② 行政は、「政策との整合性」や「公平性」を見極め、現場への理解を橋渡しする存在である。
③ 住民は、「生活にどう影響するのか」という視点から、声を上げる主体として関わる必要がある。
この三者が、お互いを"理解しようとする姿勢"を持ち、丁寧な情報共有と合意形成を進めることで、持続可能なモデルは初めて生まれる。そのために必要な視点は
① ステークホルダー分析(これができていないのに地方創生はできない)
自治体内部、地域団体、学校、住民グループ、商工会など、影響を受ける関係者を
洗い出し、情報伝達と合意形成の計画を策定する。
② コミュニケーション・デザイン(これができていないのに地域の理解は得られない)
初期段階から住民説明会やワークショップを実施し、「一緒につくる」という空気
を醸成する。
③ 運営スキームの明確化(これができていないと、長期的な取組にはなりえない)
収益の流れ、運営負担、トラブル対応、情報発信などをあらかじめ整理しておくこと
で、誤解や不信感を回避できる。
④ 成果と評価の設計(これができていないとただの単発のイベントの繰り返しで終る)
単なる売上や集客数でなく、「子どもの居場所化」「図書館利用率の変化」「住民満足
度」など、社会的インパクトの指標も併せて評価する。
古本業界の構造変化と「気づき」
いま、古本業界は岐路に立たされている。メルカリなどのCtoC市場、電子書籍、人口減少による読者層の縮小……。従来型の店舗ビジネスは、明らかに限界を迎えつつある。
しかし、「書店のない地域」という存在は、同時に古本業界にとっての"ブルーオーシャン"であり、「社会課題解決」と「収益化」の両立が可能な新市場だ。ブックオフは、そこにいち早く気づき、動いたのである。
この視点を持たずして、もはや生き残りはない。むしろ、この戦略に気づいた競合が、同様のモデルを模倣しはじめる可能性すらある。今こそ、業界全体が「古本×地域」の文脈を再定義する必要がある。
ブックオフの拡張可能な成功因子を整理すると、以下のような要素が挙げられる
① ニーズの明確化:無書店自治体というターゲットの明確さ
② 低コスト運営:公共施設の活用、既存資産の再流用
③ 社会性の付加:地方創生、教育支援、コミュニティ形成という付加価値
④ スケーラビリティ:全国自治体への展開可能性と柔軟性
このスキームは、古本業界に限らず「縮小する成熟市場」に共通する突破口となり得る。つまり、従来のビジネスの延命ではなく、既存資産を文脈ごと再解釈し、新たな価値として提示するという「戦略的再定位」がカギなのだ。

「感動」で終わらせない、その先へ
「ふるさとブックオフ」は、確かに心温まる話題だ。だが、感動のまま終わらせるべきではない。なぜならこれは、社会課題と企業の論理が重なる"交差点"をどう設計するか、
という問いを私たちに突きつけているからだ。
そして今、このモデルに本気で取り組もうとする地域・企業・支援者に求められるのは、
理想だけでなく、現実に向き合いながら仕組みとしての完成度を高める知恵と実行力である。"よい取り組み"は、自然には広がらない。だからこそ、丁寧に、誠実に、対話と実績を積み重ねていく必要があるのだ。そうでなければ、ただの自己満足で終ってしまうだろう。
気づいていないのは、誰だ?
「ふるさとブックオフ」は、まだ全国で2店舗にすぎない。だが、その象徴性と波及力は
決して小さくない、地方自治の活性化は新規ビジネスや既存ビジネスの玉石ではないだろうか?既存の常識にとらわれている間に、各業界における先見性のある経営者は次のステージに足を踏み入れている。そして、もしあなたが地域創生に関わる行政担当者や民間企業の企画担当であれば、このモデルは、今後の連携施策として非常に魅力的なパートナーシップのヒントとなるはずだ。
地方創生の波に乗り、古本業界は再び息を吹き返す――そのとき、最初に動いた者だけ
が、新しい未来を手にする。
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