ここ数年、ナラティブセラピーを学び続けている。
T先生から、新たに「オープンダイアローグ」の世界を教えていただき、新しい驚きが
私の中に芽生えている。
ナラティブセラピーとオープンダイアローグは、兄弟のような関係性。
社会構成主義がその母である。
オープンダイアローグは、発話を重ねることで新たな意味を生成していくプロセスを
重視する。一方で、ナラティブセラピーは「問い」を通じて意味を生みだしていく。
受容と共感の落とし穴
一般的なカウンセリングでは、「受容と共感」が非常に重要視される。しかし、
オープンダイアローグの視点に立つと、これは必ずしも万能ではないことが分かる。
T先生の語る話に私は震えた。
『例えば、クライエントが辛い経験を語ったとき、多くのカウンセラーは「それはお辛かったですね」と共感を示す。しかし、この言葉は「あなたは今も辛い」と無意識に決めつけてしまう可能性があるんですよ』
実際には、クライエント自身がどのように感じているのか、どのような意味を持たせて
いるのかは、対話を重ねなければ分からない。
オープンダイアローグでは、クライエントの語りに対して「外在化」という手法を用いる。つまり、問題を本人と切り離し、「あなたにとってそれはどのような影響を与えましたか?」と問いかけることで、新たな視点を生み出していく。これは、ナラティブセラピーと共通するアプローチでもある。
「原因を聞かない」ナラティブセラピー
ナラティブセラピーの特徴の一つに、「原因を問わない」という点がある。これは、
原因を特定しようとすることで、問題を「誰かのせい」にしてしまうリスクがあるからだ。
その代わりに、「それはあなたにどのような影響を与えましたか?」と問いかける。
これにより、クライエント自身が出来事をどのように意味づけているのかを探ることができる。ここに、クライエントが自己のストーリーを再構築する力がある。
オープンダイアローグと「多声性」
オープンダイアローグでは、「多声性(ポリフォニー)」が重要な概念となる。これは、
カウンセリングの場において、一つの解決策を押し付けるのではなく、異なる視点を共存させることを意味する。従来のカウンセリングでは、対話の中で合意形成を目指すことが
多い。しかし、オープンダイアローグでは「合意を形成しない」ことに価値がある。
それぞれの声が独立しつつも、相互作用することで新たな意味が生まれていくのだ。
これは、まるでジャズの即興演奏のようなものだ。各楽器が自由に音を奏でながらも、
全体として一つのハーモニーを生み出していく。それと同じように、クライエントとカウンセラー、または複数の参加者が対話を重ねることで、今まで見えてこなかった「新たな可能性」が浮かび上がる。
AIとカウンセリングの未来
カウンセリングの未来について、興味深い示唆を受けたことがある。T先生が、
「やがてカウンセリングはAIが担うかもしれない。それは、品質がぶれないからだ」と言っていた。確かに、AIは一貫した対応ができる点では人間を凌駕するかもしれない。
不確実性の中で進む勇気
ナラティブセラピーもオープンダイアローグも、不確実性を受け入れることを前提として
いる。つまり、答えを出そうとしないことこそが、クライエントの自己回復力を促進するのだ。「人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」というT先生の言葉の意味を、今になって深く実感している。
未来のカウンセリングはどう変わっていくのか。AIがカウンセリングを支援する時代が来るのか。それでも、対話によって新たな意味が生成されるこの営みは、これからも人間ならではのものとして進化し続けるのか…私の取り組みはまだまだ続きそうだ。
オススメの書籍
社会構成主義の入門書。社会構成主義の本質が分かりやすく書かれています。

ケネス・J・ガーゲン (著) 東村 知子 (翻訳), 鮫島 輝美 (翻訳)
ナカニシヤ出版 (2023/10/16)
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