農業の危機と人類の行方 ~農業こそ人類存続の原点~
- 横山三樹生
- 3月15日
- 読了時間: 6分
前回の内容では、日本農業が直面する深刻な課題に対して、斎藤幸平氏の「脱成長コミュニズム」、原丈人氏の「公益資本主義」、立石一真氏の「SINIC理論」を組み合わせたビジョンを提示しました。今回は、それぞれの思想が抱える矛盾や実現に向けた課題を検証・深化しながら、「農業の再生=人類の再生」という視点をさらに掘り下げます。
3つの思想が共存するための“前提条件”とは?
「脱成長コミュニズム」の前提
経済成長への依存を断ち切る
斎藤幸平氏は、成長を追い求める資本主義が環境破壊と格差拡大を生み出したと批判し、「本当に必要なものに絞った社会」を構想します。
「コモン(共有財)」の再評価
マルクス晩年の研究を踏まえ、土地・水・資源を私有化に委ねず、
共同管理する意義を強調します。
「公益資本主義」の前提
企業利益と社会価値の両立
原丈人氏は、企業が得た利益の一部を社会投資に回すことで、「経済的豊かさ」と「社会的豊かさ」を両立できると説きます。
ある程度の“成長”も容認
公益資本主義は成長そのものを否定しません。ただし、“誰のための成長か”を
厳しく問う立場です。
「SINIC理論」の前提
人間中心のテクノロジー活用
立石一真氏が提唱するSINIC理論では、AIなどのテクノロジーが人間の幸福を最大化
するために使われるべきだとされます。
効率性と倫理性の両立
“オートメーション社会”から“自律社会”へ移行する段階で、
テクノロジーが公正に運用される仕組みが大切になります。
【視点の衝突:脱成長 vs. 成長容認?】
脱成長コミュニズムは「成長をやめる」ことを根本に据えていますが、
公益資本主義は「成長」をある程度認めつつ、その使い道を社会に還元しようとする発想です。
この衝突点を解決するには、「経済規模」よりも「経済の質」を重視する合意点を見出すことが必要です。つまり「環境を壊さず、誰一人取り残さない範囲での成長」は容認しながら、それ以上の過剰成長は抑制しようという“共通ルール”が鍵になります。
農業の現場に立脚した実現性の検証
前回提示した4つのアイデア(地域通貨、コミュニティ型農業、社会貢献型ポイント、AI活用型政策判断)について、さらに現場レベルの課題や可能性を検証してみます。
① 地域通貨の拡大とデジタル技術の導入
可能性:地域内で経済循環を回しやすくなり、農業や福祉など「利益が薄いが重要な産業」
に支え合いの基盤を与える。
課題:電子決済やブロックチェーン技術を使って透明性・便利さを高める必要がある。
高齢者へのITサポートや、地方自治体のデジタル人材不足も問題となる。
② コミュニティ型農業と農福連携
可能性:農地の集約や共同経営によるスケールメリット、高齢者・障害者が役割を得て
地域に留まれる利点がある。
課題:地域コミュニティ内の人間関係や合意形成が複雑化する恐れ。さらに、収益モデルを
安定させるための物流・加工・販売ネットワークづくりが必要。
③ 社会貢献型ポイント制度
可能性:利他的行動が“可視化”されることで、人の善性を経済活動に取り込みやすくなる。
課題:ポイントの換金性や「どの行為がどれくらい貢献度が高いのか」の評価基準が
曖昧だと、不正利用や「形式的な貢献」が増えるリスクも。運用ルールの透明性が
求められる。
④ AI活用型の政策判断
可能性:農地の最適配分、作付け計画、気象データとの連動など、効率化が進むと
同時にリスクが大幅に低減。
課題:AIによる意思決定に対する「説明責任(アカウンタビリティ)」の確保や、データの
偏り・バイアスをどう排除するかが大きな問題。AI倫理ガイドラインの整備が必須。
グローバルな視点:他国の農業政策との比較
米国・EUの農業補助
米国やEUでは「農業は国家の安全保障」と位置づけ、高額な補助金が支給されています。
日本では「財務省の縛り」により農業支援が限定的ですが、他国並みの支援を行うには
財政規模の拡大や緊縮財政からの脱却が不可欠。
気候変動との戦い
世界各国で極端気象が多発し、農作物の安定供給が脅かされています。
「脱成長コミュニズム」の観点では、気候危機を緩和するには成長そのものを抑制すべきと
主張。
「公益資本主義」では、グリーンイノベーションへの投資によって気候危機を乗り越えよう
とする動きが強い。
テクノロジー分野での国際競争
先進国ではロボティクスやAI農業、垂直農法など、ハイテク農業への投資が活発。
SINIC理論的視点だと、「テクノロジー=人間の幸福」という理想を形にするために、
国際連携や共通の倫理基準が不可欠。
「農業」と「人類の未来」を結びつける思考実験
農業を「ただの産業」としてではなく、「人間の在り方を再定義する場」として
捉えてみると何が見えてくるだろうか?
「人間はなぜ食べるのか」
食料は生命維持の手段であるだけでなく、文化やコミュニティを形成する基盤。
「成長しないと本当に幸福になれないのか」
「おいしいものをみんなで分かち合い、自然と共生する幸せ」は、GDPのような
指標では測れない価値を持つかもしれません。
「テクノロジーは本当に人を幸せにしているか」
AIやロボットを導入することで、農作業が楽になる一方、「人間らしさ」
「手仕事の喜び」も失われる可能性をどう捉えるか。
これらの問いを深掘りすることで、農業の再生が人類の未来をどう変え得るのかが
見えてくるのではないだろうか?
まとめとして、「いま、何が必要か?」
「経済規模」ではなく「経済の質」を評価する指標づくり
ESG投資、幸福度指数、社会貢献度といった評価軸を徹底的に実装することで、
成長VS.脱成長という対立を超えた新基準を育む。
地域レベルの実験と国レベルの政策連動
地域通貨やコミュニティ農業などは、まずは一部地域での実験が必要。
そこで成功例が出れば、国全体の政策転換に影響を与えられる。
AI倫理ガイドラインの整備と市民参加型の意思決定
SINIC理論を活かすために、AIによる分析を市民が理解・検証し、最終的に
「人間の共感と合議」によって意思決定する仕組みを確立する。
財政改革と農業支援の強化
財政赤字の“神話”を乗り越え、日本が農業や環境分野に大胆な投資を行うための
制度設計を急ぐ。
農業の再生は、食料自給率を高めるだけでなく、「人間同士が支え合う姿」
「自然と共生する暮らし方」「テクノロジーと倫理の調和」といった、より本質的な
社会の在り方を問い直す契機となります。
斎藤幸平氏の「脱成長コミュニズム」
原丈人氏の「公益資本主義」
立石一真氏の「SINIC理論」
これら3つの思想が示す方向性には、相互に緊張関係や矛盾もありますが、
「経済成長をどう捉えるか」や「テクノロジーをどう使うか」といった問いを超え、
最終的には「人間の善性」と「共感」に基づく持続可能な社会モデルを模索する道筋が
見えてくるのではないでしょうか?
その最前線にあるのが「農業」というテーマ。

人類の未来を考える上で、農業は“単なる産業”を超えた深遠な示唆を与えてくれる存在。
これからの日本を維持していくためには、単純なグローバル化ではなく、インバウンドでもない。土とともに生き、暮らしていくことに「シン・村社会」というコミュニティーなのかもしれない。
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