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雅楽とナラティブセラピー ~多声性と関係性が生み出す「場」の力 ② ~

執筆者の写真: 横山三樹生横山三樹生

更新日:3月10日

【第2回】「多声性(ポリフォニー)」——ずれながらも調和する響き


 雅楽の特徴の一つに、「多声性(ポリフォニー)」が挙げられる。これは複数の楽器が

異なる旋律を奏でつつ、それぞれの音が微妙にずれながらも調和することで、深みのある

響きを生み出す仕組みである。



 雅楽では、主に篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)、笙(しょう)などの管楽器が

中心となる。篳篥は旋律を主導し、龍笛はその旋律に華やかな装飾を加え、笙は全体を

包み込むような和音を奏でる。しかし、西洋音楽における和音のような明確な一致は

あえて避けられ、各楽器は独自のリズムや旋律を保ちながら互いに呼吸を合わせる。

この微妙な「ずれ」が雅楽独特の幽玄で神秘的な響きを生むのだ。


 このような音楽構造は、ナラティブセラピーの持つ「多声的な物語」と深く共鳴する。

ナラティブセラピーでは、個人が抱える問題や体験を単一の視点で捉えるのではなく、

多様な視点や語りを通じて新しい意味を見出すことが重視される。例えば、自分自身を

「失敗ばかりする人間だ」と考えている人がいたとする。


 ナラティブセラピーでは、この自己理解を固定的なものとせず、別の視点から「成功

したこと」や「問題を克服した経験」など、これまで見えていなかった側面に目を向ける

ことで、自己理解が多層的に変容していく。

ナラティブ的な視点
ナラティブ的な視点

 雅楽においても、各楽器が完全に統一された音を目指すのではなく、それぞれの独立性

を保ちながら調和を図ることで、新たな響きが生み出される。同様にナラティブセラピー

でも、異なる視点を排除せず、それらを同時に存在させることで、クライアント自身の新

たな自己理解や可能性が浮かび上がるのである。


 さらに、雅楽の演奏者は楽譜に完全に従うのではなく、その場の空気や他者の音を感じ取りながら即興的に調整を加えていく。この即興性があるため、同じ曲を演奏しても、その場その場で微妙に響きが変わるのだ。これはナラティブセラピーの対話にも通じるもので、

セラピストとクライアントの対話は、事前に決められた筋書き通りには進まず、その瞬間

ごとに新しい理解や意味が生まれる。


 つまり、「多声性」という概念は、雅楽とナラティブセラピーにおいて共通する重要な

要素であり、双方ともに「ずれ」を積極的に活かすことで、新しい価値や意味を見出して

いるのである。次回は、「問題の外在化」という視点から、さらに深くこの共通性を探求していきたい。




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