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雅楽とナラティブセラピー ~多声性と関係性が生み出す「場」の力 ③ ~

執筆者の写真: 横山三樹生横山三樹生

更新日:3月10日

【第3回】「問題の外在化」——自己を語り直すことで見えてくる世界


 ナラティブセラピーにおける重要な概念の一つが、「問題の外在化」である。これは、

クライアントが抱える問題を「自分自身の内面的な特性」として捉えるのではなく、自分

から切り離して客観的に捉えるという手法である。


 例えば、「私は不安な人間だ」と語る人がいた場合、ナラティブセラピーでは「不安が私に影響を与えている」と捉え直す。この微妙な語りの転換によって、問題が個人の本質から離れて外部に置かれ、客観的に見ることが可能になるのだ。その結果、問題に飲み込まれることなく、それと適切な距離を保ちながら新しい関係性を築くことができる。


 雅楽の演奏においても、この「外在化」と類似した構造が見受けられる。雅楽では、それぞれの楽器が独立した旋律を持ちながらも、個々の音が過度に主張することなく全体の調和を支える。演奏者は、自分の楽器の音を個人的な表現としてではなく、あくまで全体の調和を形成する要素として捉える。これにより、各演奏者が客観的に自己の役割を理解し、音楽全体を有機的に調整することが可能になる。


 ナラティブセラピーでクライアントが問題を外在化すると、自分の問題に対して新しい

視点や選択肢を見出すことが容易になる。同様に、雅楽の演奏者もまた、自分の音を客観的に捉えることで、場の空気や他の演奏者の音を敏感に感じ取り、その場に最適な音を即興的に選択することができるようになる。


 具体例として、不安に悩むクライアントがナラティブセラピーを受ける場合を考えてみよう。クライアントは最初、自分自身が「不安な性格を持つ」と考えている。しかしセラピストが「不安はあなたにどのように影響を与えていますか?」と尋ねることで、クライアントは不安を外側から捉え直し、それが自分を支配しているのではなく、一定の距離を持って対応可能な対象であると理解するようになる。


雅楽のたおやかな心
雅楽のたおやかな心

 雅楽でも同様に、自分の楽器の音を外在化することが重要だ。演奏者が自分の音を客観視し、それを調整可能な「対象」と捉えることで、より豊かな演奏表現が可能となる。このように「問題の外在化」は、雅楽とナラティブセラピー双方において、自己と対象の関係性を新たに見出す重要なプロセスである。


次 回は、この外在化と深く関係する「即興性」について探求し、両者が持つさらなる共通点を考えていきたい。



 

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