【第4回】「即興性」——その場で創造される新しい意味と響き
雅楽とナラティブセラピーの重要な共通点として、「即興性」が挙げられる。即興性とは、事前に完全に定められた計画に従うのではなく、その場の状況や関係性に応じて柔軟
に対応し、新しい可能性や意味を見出していく姿勢のことである。
雅楽では、伝統的な楽譜が存在するものの、実際の演奏においては、楽譜通りに機械的に演奏することは稀である。各演奏者はその場の空気や互いの音を敏感に感じ取り、即興的に音を調整する。篳篥(ひちりき)が主旋律を奏でるなか、龍笛(りゅうてき)が即興的に装飾音を入れ、笙(しょう)が場の雰囲気を読み取りながら全体を包む音を生み出す。こうした即興性により、同じ曲を演奏しても毎回違った響きが生まれることになる。
この即興性はナラティブセラピーやオープンダイアローグにおいても重要な役割を果たしている。セラピストはあらかじめ決められた治療計画に沿ってクライアントを導くのではなく、クライアントが語る物語や表現される感情を受け取り、その瞬間ごとに即興的に対話を展開する。例えば、クライアントが過去の苦い経験を語るとき、それを急いで評価したり修正したりするのではなく、その語りをそのまま受け止め、ゆっくりと新たな問いを重ねていくことで、クライアント自身が新しい視点や解釈に辿り着くよう促す。
また、オープンダイアローグでは、この即興性において「沈黙」の時間が非常に重要であるとされる。対話の中で自然に生じる沈黙は、クライアントが自分自身の内面を見つめ直し、新たな自己理解や物語を見つけるきっかけとなる貴重な時間である。雅楽における
「間(ま)」も同様に、演奏者と聴き手が新たな意味を感じ取るための貴重な空間となっている。

雅楽でもオープンダイアローグでも、「即興性」という要素があることで、あらかじめ定められた筋書きを超え、関係性や場の力を借りて新しい展開や意味を生み出すことが可能になる。このような「今ここ」で生まれる即興的なプロセスこそが、私たちの日常のコミュニケーションや自己理解を深めていくための重要なヒントになるのではないだろうか。
次回の最終回では、「時間の流れ」という視点を通じて、雅楽とナラティブセラピーの
さらなる深い共通点を考察していきたい。
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