【第5回】「時間の流れ」——「今ここ」における意味の再構築
雅楽とナラティブセラピーを結ぶもう一つの重要な視点は、「時間の捉え方」である。
西洋的な時間感覚では、過去から未来へ直線的に進むことが一般的だが、雅楽やナラティブセラピーでは、時間はより流動的で、「今ここ」での体験によって常に再構築されるものと捉えられている。
雅楽の演奏においては、曲のテンポが均一ではなく、ゆったりとした導入から始まり、徐々にテンポが増し、ピークを迎えた後に再び静寂へと戻っていく。この変化は自然界の
四季や人間の人生の移ろいを思わせるものである。例えば、ある曲の演奏が始まると、
演奏者たちは一定の速度やリズムを機械的に守るのではなく、呼吸やその場のエネルギーを敏感に感じ取りながら、即興的に速度や強弱を調整していく。この流動的な時間感覚は、
雅楽が単なる音楽の再現ではなく、毎回新鮮な体験となることを意味している。
一方、ナラティブセラピーにおいても時間の捉え方が非常に重要だ。ナラティブセラピーでは、クライアントが過去の出来事を「固定された出来事」として扱うのではなく、「今ここ」での対話を通じて新しい意味を見出していくことを目指す。たとえば、過去に何か辛い経験をした人が、「自分はいつも失敗する」と決めつけているとしよう。ナラティブセラピーでは、その経験を再度語り直すことを促し、その中でこれまで見逃されてきた前向きな側面や別の視点を発見していく。この対話を通じて、過去の経験の持つ意味が再評価され、未来への新たな可能性が開かれていくのだ。

また、ナラティブセラピーにおいても「間(ま)」や沈黙が重要である。対話の中で訪れる沈黙は、単なる無音ではなく、クライアントが新しい自己理解や視点を見つける貴重な
時間となる。雅楽でも、音と音の間の「間」が演奏全体に深みや余韻を与える。同様に、
ナラティブセラピーの対話においても、急いで結論を出さず、じっくりと時間をかけて語り合うことで、より深い自己理解が促される。
つまり、雅楽とナラティブセラピーは共に「今ここ」の瞬間を大切にし、その瞬間ごとの体験を通じて新しい意味を作り出していく哲学を共有している。この視点は、日常生活に
おけるコミュニケーションや人間関係においても非常に示唆的である。私たちは日々、
「今ここ」での対話や体験を通じて、自分自身や他者との関係性を再構築しているのだ。
全5回を通じて、雅楽とナラティブセラピーが持つ多くの共通点を探求してきた。これらの視点を通じて、日常の中での新たな気づきやコミュニケーションの可能性を見つけていただければ幸いである。
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