種をまく人 Phase 3 「抵抗の狼煙」(再編集版 ⑨~⑫)
- 横山三樹生
- 4 日前
- 読了時間: 41分
畑に注がれた毒
朝露が宝石のように葉先を飾り、夜の気配がまだ微かに残る早朝。
ハルは、使い慣れたバケツとジョウロを手に、土の匂いが混じる清々しい空気の中を、
いつものように畑へと向かっていた。小鳥たちの陽気なさえずりが、目覚め始めた村
に優しく響く。
しかし、その日、いつもの心地よい朝の旋律に、不協和音が混じった。
ふと、風向きが変わった瞬間、ツンと鼻を刺す、これまで嗅いだことのない化学的な
異臭が彼の感覚を捉えた。それは、自然が発するものではない、明らかに異質な、
警告のような匂いだった。
ハルは、思わず足を止めた。
「……なんだ、この匂いは……? こんな匂い、この村でするはずがない……」
眉をひそめ、異臭の発生源を探るようにゆっくりと歩みを進めると、目の前の光景
に息をのんだ。畑の一角、丹精込めて育ててきた葉物野菜たちが広がるエリアの土の
色が、まだらに、まるで病に侵されたかのように禍々しく変色していたのだ。
青々としていたはずの葉は、見るも無残に茶色く焼け焦げたように縮れ、ぐったり
と頭を垂れている。特に、村の子供たちが「自分たちの野菜だ」と毎日水をやり、
成長を楽しみにしていた小さなカブやホウレンソウの畝は、壊滅的だった。
「ひどい……これは……」
ハルは膝をつき、変色した土に恐る恐る指先で触れた。ひんやりとした感触。いや、
それだけではない。何かヌルリとした、肌にまとわりつくような不快な感触があった。
「冷たい……いや、違う……これは、薬品だ。間違いない……!」
その言葉を裏付けるように、すぐそばの畝間に、ラベルが無残に引き剥がされた
業務用のプラスチックボトルが、まるで犯行声明のように無造作に転がっていた。
ボトルの口からは、まだ乾ききらない乳白色の粘り気のある液体が垂れ、土の上に
不気味な染みとなって広がっている。それは、一目で強力な除草剤だと分かった。
その時、背後から切羽詰まった声と共に、ユウトが息を切らして駆けつけてきた。
ハルのただならぬ様子を遠くから感じ取ったのだろう。
「ハル!どうしたんだ!? 何があった!顔色が悪いぞ!」
ハルは、声にならないうめき声を上げながら、ゆっくりとユウトの方を振り向いた。
その双眸には、抑えきれない怒りと、深い絶望、そして何よりも大切に育んできたも
のを無惨に踏みにじられたことへの激しい悔しさが、渦巻いていた。
「……やられた……ユウト。俺たちの畑が、やられたんだ」
その声は、震えていた。
「誰かが……昨夜のうちに、除草剤を撒きやがった。それも、尋常じゃない量をだ。
見てくれよ、この有様を……これは、ただの嫌がらせじゃない。完全に、俺たちの
息の根を止めにきてる。“殺しに”きてるんだよ、こいつは!」
ユウトは言葉を失い、ハルの隣にゆっくりとしゃがみ込んだ。
目の前の惨状――変色し、薬品の匂いを放つ土、そして既に黒く変色し、見る影もなく
しおれ果てたケールや春菊の葉を、彼は厳しい表情で見つめた。その若々しい葉脈には、
まだ朝露が涙のように宿っていた。
「……これは……偶然じゃない。事故でもない。明確な悪意を持って、俺たちを狙い
撃ちにしてる」
ユウトは静かに立ち上がると、遠く、村を囲む山々を見つめた。その横顔は、
いつもの穏やかさの奥に、静かな、しかし底知れない怒りを湛えていた。
「アグリテック・フロンティア連合 (AFR)……あるいは、その息のかかった連中か……」
ハルが、歯噛みするように呟いた。その名は、最近、村の農産物の独自販売ルートを
妨害しようと、様々な圧力をかけてきている企業連合体だった。
ユウトは頷きも否定もせず、重々しく口を開いた。
「可能性は高い。先日、彼らが突きつけてきた“市場価格遵守の是正勧告”を、俺たちは
突っぱねたからな。俺たちの“無農薬・産地直送”というやり方が、地域の既存の流通
システムにとってどれほど目障りか……その報復、あるいは見せしめだと考えるのが自然だろう」
「報復だって!? こんな卑劣なやり方で……人の食べるものを作る畑に毒を撒くなんて、それでも人間のやることかよ!」ハルの声が荒らげた。
「彼らにとっては、俺たちはルールを破る邪魔者なんだろうさ」ユウトの声は低く、抑えられていた。
「『お前たちは、この“俺たちの庭”で好き勝手な真似はするな』
…これは、そういう明確な“警告”だ。そして、おそらくは始まりに過ぎない」
そこへ、日の出と共に畑仕事を手伝いに来ていた年配の女性、絹代が、萎れた野菜を
悲しげに見つめながら、か細い、しかし芯のある声で呟いた。彼女の手は、長年の土仕事で節くれ立っていた。
「……でもねえ、ユウトさん、ハルさん。あたしたち、あいつらの言うことなんか聞かずに、自分たちのやり方で、ここで生きていこうって決めたんだものねえ。偉い人たちの顔色を窺って、自分たちの首を絞めるような真似はもう真っ平だって。だから……だから、こうして目をつけられたのかもしれんねえ。覚悟は、しとったつもりだけど……やっぱり、堪えるねえ」
絹代の言葉に、その場にいた数人の村人たちの間に、重苦しい沈黙が流れた。誰もが、
心のどこかで予感していた脅威が、ついに牙を剥いたことを悟っていた。自分たちが、
ささやかながらも懸命に築こうとしていた「もう一つの暮らし」「奪われない生き方」が、巨大な既得権益を持つ“どこか”にとって、それほどまでに不都合な存在だったのだという事実を、改めて突きつけられたのだ。
だが、ユウトはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、絶望の色はなかった。むしろ、
逆境に立ち向かう決意の光が宿っていた。
「それでも――俺たちは、“農をやめない”。絶対にだ」
その声は、決して大きくはなかったが、朝の澄んだ空気の中を、集まった村人たちの
心に、しっかりと、そして力強く響き渡った。
「これは、ただ野菜を作って売るっていう話じゃないんだ。俺たちは、ここで、命を育み、命を繋ぎ、命を循環させているんだ。売られようとしている“水”に断固として抵抗し、大資本に潰されそうになっている“小さな農”を、この手で守り抜く。それが、俺たちがこの村で生きていくってことの意味なんだよ。この土は、まだ死んじゃいない!」
ハルは、ユウトのその言葉に、一瞬呆気に取られたような顔をしたが、やがて、その
口元に苦笑とも諦観ともつかない、しかしどこか吹っ切れたような笑みが浮かんだ。
「……ほんと、ユウトは変わらないな。どんな時でも、“泥臭い希望”を語らせたら、あんたの右に出る者はいないよ。まるで、種籾みたいだ」
ユウトもまた、ハルの言葉にふっと笑みを返した。
「ああ、そうかもしれん。“泥付きのままの野菜”が、一番滋味があって、一番リアルで、
一番強いんだ。俺たちは、それを知ってるからな」
その夜――。
村の小さな集会所、かつては空き家だったその建物の壁に、いつの間にか、誰の手による
ものか、一枚の簡素な木の板が掲げられていた。照明もない暗がりの中、月明かりがぼんやりとその板を照らし出す。
そこには、子供が書いたような、不器用だが力強い、炭で書かれた大きな文字があった。
《売らない。譲らない。土と、水と、生きる仲間たちと、つなぐ。》
それは、誰かに見せるためのスローガンや、高尚な理念などではなかった。
ただ、「ここに私たちはいる。そして、これからも、ここに在り続ける」という、名もなき村人たちの、静かで、しかし何よりも強い、魂の叫びそのものだった。
外では、夏の夜風が、木々の葉を揺らしながら村を吹き抜けていた。
風は強く、時折、乾いた土を容赦なく舞い上げたが――
その風の中には、まだ確かに、あの薬品の異臭に負けない、“生きている土の匂い”と、そして、決して消えることのない人々の営みの温もりが、確かに残っていた。
交差点の崩壊 ―長谷川と神崎の再接触―
東京、永田町。喧騒から一歩奥まった路地に佇む、古びた料亭の離れ座敷。障子の向こうには、ライトアップされた国会議事堂の巨大な影が、まるでこの部屋の密談を監視するかのように、不気味に落ちていた。その薄暗い座敷に、二人の男が、重い沈黙を挟んで向かい合っていた。
一人は、長谷川圭一。かつて大手新聞社で権力の不正を追及し続けた元政治記者。今はフリーとして、より深く、より危険な国家の深層に潜む闇を暴こうとしている男。
もう一人は、神崎慶太。名門政治家一族の四世として生まれ、若くして与党の中枢に座し、次代のリーダーと目されるエリート議員。その顔には、疲労と、どこか追い詰められたような焦燥の色が浮かんでいた。
長い、息詰まるような静寂を破ったのは、意外にも神崎の方だった。その声は、努めて
冷静を装ってはいたが、微かな震えを隠しきれてはいなかった。
「……長谷川君。君は、どうやら大きな誤解をしているようだね。今日のこの場が、その誤解を解くための有意義な時間になることを願っているよ」
長谷川は、腕を組み、冷めた視線で神崎を見据えたまま、短く応じた。
「誤解、ね。どちらが、だろうな」
「“未来応援ポイント制度”は、一部で批判的な報道もなされているようだが、制度設計そのものは、
極めて公平かつ客観的なデータに基づいて行われている」
神崎は、まるで用意してきた原稿を読み上げるかのように、淀みなく言葉を続けた。
「個人の健康履歴、日々の購買傾向、詳細な移動ログ……そういったビッグデータをAIが
解析し、活用することで、従来では不可能だったレベルでの、きめ細やかな支援の精度向上が期待できる。これは、非効率的で画一的だった旧来の社会福祉からの、画期的な進化なのだよ」
「それがお前の言う“進化”か。俺には、国民をデータで序列化する“選別”にしか見えないがな」
長谷川の言葉は、短く、鋭かった。
神崎は、わずかに眉をひそめたが、すぐに平静を取り繕った。「選別などという下劣な言葉を使うのは、君の悪意ある偏見だ。これは“最適化”だよ、長谷川君。限られた資源を、本当に必要としている人々に、最も効率的に届けるための、苦渋の、しかし最善の選択なのだ」
長谷川の目が、すっと細められた。その奥に、冷たい光が宿る。
「神崎、お前は本当に、その言葉を、自分の心からの言葉として、今、俺の前で言い切れるのか? あの頃のお前なら、そんな欺瞞に満ちた言葉は吐かなかったはずだ」
その言葉に、神崎の表情が微かに揺らいだ。彼は、長谷川の視線を避けるように、手元の湯呑に目を落とした。
「……なあ、長谷川。私たちは、かつては同じ釜の飯を食い、夜を徹して日本の未来を語り合い、共にこの国の政局のど真ん中を追い続けた仲じゃないか。君だって、この国が、財政的にも、社会構造的にも、どれほど深刻な限界点に近づいているか、痛いほど理解しているはずだ。だからこそ、今こそ、過去のわだかまりを捨てて、手を取り合える余地がまだ――」
「やめろ」
長谷川の低い、しかし有無を言わせぬ声が、神崎の言葉を断ち切った。
「その薄汚れた手に、俺たちの過去を乗せるな。友情にすがるな、神崎。お前が今、口にしている
“あの夜”の理想を、一番無残に裏切っているのは、他の誰でもない、お前自身だ。
そして、今、お前がその“最適化”とやらの名の下でやっていることはな――静かに、確実に、“誰かの家族”の命を奪い、未来を閉ざしているっていうことなんだよ!」
長谷川は、懐から一枚の写真を鋭く取り出すと、まるで刃を突き立てるかのように、音を立てて卓上に叩きつけた。そこには、薄暗いホテルのバーで、神崎が、例の教団〈魂の解放同盟〉の幹部らしき人物と、何やら曰くありげに密会している瞬間が、鮮明に捉えられていた。
「これは、数週間前、お前があの〈魂の解放同盟〉の人間と会っていた時のものだ。否定はさせんぞ。あれは、もはや単なる“新興宗教”などという生易しいものではない。臓器売買、非合法な遺伝子研究、そして海外の闇市場と繋がる“命の市場”そのものだ。お前は、そのおぞましいマーケットに、国家の中枢から積極的に加担し、甘い汁を吸っているんじゃないのか!」
神崎の肩が、電流が走ったかのように、びくりと震えた。彼の顔からは血の気が引き、
額には脂汗が滲んでいる。
「君には……君には、到底わからないだろうな。政治というものはな、清濁併せ呑む、ということだ。時には、国家の存続のためには、“選ぶこと”が必要になる。何を守り、何を見限り、何を…何を、次の世代のために“捨てる”かという、苦渋の決断を――」
「“捨てる”だと?」長谷川の声に、抑えきれない怒りがこもる。「その“捨てる”という言葉の先に、一体何がある? お前は今、その“未来応援ポイント”のデータと、臓器移植の適合情報を、秘密裏に紐づけようとしているんだろうが! それが、お前の言う“未来”のための“最適化”か!?」
神崎の目が泳ぎ、言葉に詰まる。彼は、まるで助けを求めるかのように、無意識に長谷川の目を探した。
「君だって……君だって、かつては理想だけを追う青臭い記者ではなかったはずだ。“理想だけじゃ、
この複雑な国は動かせない。時には現実的な妥協も必要だ”って、そう言っていただろうが……!」
長谷川は、深く、そして重い息を吐いた。その目には、かつての友に対する、憐れみと失望の色が浮かんでいた。
「ああ、言ったさ。だがな、神崎。その言葉を、お前は今、おぞましい言い訳の盾にしているだけだ。お前は、現実的な妥協などというレベルを遥かに超えて、人の“命の値段”を、冷酷なデータで弾き出そうとしている。お前がやっていることは、どんな美辞麗句で飾り立てようとも、紛れもない、“正義の顔をした地獄”そのものなんだよ!」
その言葉が、座敷の重い空気に突き刺さった、まさにその瞬間――。
神崎のポケットの中で、スマートフォンが静かに、しかし拒絶できない力をもって震えた。彼は、
まるで操られるかのように、おもむろにそれを取り出し、画面を一瞥する。
そこに表示されていたのは、たった一文字。
しかし、その一文字が持つ意味は、神崎にとって絶対だった。
《来い》
神崎の顔から、表情というものが抜け落ちた。彼は何も言わず、ゆっくりと立ち上がると、長谷川に対して、深く、そしてどこか虚ろな一礼をした。
「長谷川……君にはまだ、この世界の本当の姿が、見えていないのかもしれないな」
その声には、もはや何の感情も込められていなかった。
「見えなくて結構だ。俺が“見てしまった”ものは、お前たちの歪んだ世界のほんの一部かもしれん。
だがな、神崎。俺はそれを、白日の下に晒し、“伝える”と決めた。それだけだ」
神崎は、何も答えず、静かに障子を開け、その向こうへと消えていった。長谷川には、
その去り際の背中が、ほんの一瞬だけ、確かに揺れたように見えた。それは、恐怖か、
あるいはほんのわずかに残った良心の呵責か――。
障子が閉まると、部屋には再び、息苦しいほどの静寂が戻ってきた。
長谷川は、一人、卓上に残された写真を見つめていた。
外では、遠雷の音が、先ほどよりも少しだけ大きく、そして近くで鳴り響いた。東京の夜空に、生暖かく、そしてざらついた不吉な風が、勢いを増して吹き荒れ始めていた。それは、これから始まる嵐の、ほんの序章に過ぎないのかもしれなかった。
地獄の秩序
再び、あの富士を望む日本平スイートの最上階。窓の外には、かつて神崎慶太自身が
「沈黙の賢者」と称えた峻厳な富士のシルエットが、明け方の薄墨色の空に溶け込もうとしていた。
だが今、その荘厳な風景は、彼の目にはまるで巨大な墓標のように映っていた。
神崎慶太は、磨き上げられたマホガニーのテーブルの前に、深く、深く頭を垂れていた。
その肩は小さく震え、高価なスーツはまるで借り物のように彼の憔悴しきった身体には
不釣り合いだった。その姿は、もはや辣腕の政治家でもなく、家族を守るべき父親でもない。ただ、
抗いようのない巨大な力に追い詰められ、魂の崖っぷちに立たされた、一人の矮小な“人間”でしかなかった。
その彼の向かいに、ゆったりとソファに身を沈めているのは、教団〈魂の解放同盟〉の最高幹部の一人、李シェン。寸分の隙もなく着こなしたシルクのチャイナスーツは、部屋の薄暗がりの中で鈍い光沢を放ち、その手には、まるで生き物のように艶めかしい黒檀の数珠が、するりするりと絡まっている。彼の表情は、能面のように穏やかでありながら、その奥には底知れない深淵が広がっていた。
そして、李の隣には、もう一人。かつて政界の“影の総括者”と囁かれ、今はこの国の最高権力者として君臨する男――現内閣総理大臣・朝倉律が、静かに窓の外の富士を見つめていた。彼の存在そのものが、この部屋の空気を支配する重圧となっていた。
神崎は、絞り出すような、かすれた声で懇願した。その声は、床に吸い込まれて消え入りそうだった。
「お願いだ……李先生、そして総理……どうか、どうかお力添えを。あの記者…長谷川圭一が、もう我々の計画の、その核心部分の輪郭にまで手をかけているのです。彼のペンが一度動けば、我々は…いえ、あなた方が長年かけて築き上げてこられた、この国全体の構造が、根底から……!」
李は、その言葉を遮るかのように、ふっと息だけで笑った。数珠を弄ぶ指の動きは、一切止まらない。
「だからこそ、申し上げておりますでしょう、神崎議員。全てを“我々に委ねなさい”と。そうすれば、道は開かれる。…ねえ、総理? そのための“秩序”なのでしょう?」
李の視線に促され、朝倉総理は、ようやく富士から目を離し、ゆっくりと神崎の方を向いた。その瞳は、まるで古井戸の底のように暗く、感情の起伏を一切映し出していなかった。
「君が、自らここへ助けを求めに来るのは、時間の問題だと読んでいたよ、神崎君。
…いや、今は“神崎先生”と呼ぶべきかな」朝倉の声は、低く、抑揚がなかったが、有無を
言わせぬ威圧感を伴っていた。「あの長谷川という男に、これ以上嗅ぎ回らせるな。火種は小さいうちに消し去るに限る。今、この国が、そして国民が真に求めているのは、波風の立たない“平穏”なのだから」
神崎の顔が、苦痛と絶望に歪んだ。彼は、信じられないものを見るかのように、朝倉を見つめ返した。
「総理……あなたまでもが……この、この巨大な構造に、そこまで深く加担しておられたというのですか!? あの安野元総理の理想を継ぐと、あなたは国民の前で…!」
朝倉の唇に、能面のような微笑が、ほんのわずかに浮かんだ。だが、その目は一切笑っていない。
「理想だけでは、この国は、そして国民は、決して守れないのだよ、神崎君。いつの時代も、民衆が必要とするのは、絶対的な真実などではない。彼らが心から信じ、安心して身を委ねられる“物語”なのだ。我々が提供するのは、そのための“幻想の秩序”だよ。そして、その秩序を守るためならば、我々はどんな手段も厭わない」
李が、朝倉の言葉を引き継ぐように、静かに、しかし神崎の心臓を直接握り潰すかのような声で言葉を重ねた。
「神崎議員、あなたもご存知のはずだ。かつて、私たちは一つの壮大な秩序を支えました。それは
“共鳴する未来”という美しき名のもとに、国民の情報と、そして究極的にはその“命”さえも、効率的に管理し、社会全体を“最適化”するための、完璧なるシステム。我々はそのシステムを、この国に根付かせようとした」
神崎は、全身を震わせながら、その言葉を遮った。彼の目には、恐怖と、そしてわずかながらも最後の抵抗を試みようとする意志の光が宿っていた。
「……あなた方がおっしゃる“秩序”は、もはや私には…私には、人の顔をした“地獄”そのものにしか見えない! あれは、救済などではない! 選別だ! 支配だ!」
李の細い目が、さらに細められた。まるで獲物を見定める蛇のように。
「おやおや。あなたもかつては、その“地獄”の設計図を、熱心に肯定しておられたはずですがねえ。“より良い未来のためには、時に少数の犠牲はやむを得ない。それが指導者の責任だ”と。あの時のあなたの言葉を、私はまだ鮮明に覚えておりますよ」
部屋に、息詰まるような沈黙が落ちた。神崎の膝の上で握りしめられた拳が、カタカタと震えているのが見て取れた。彼は、李の言葉に反論できなかった。それは、紛れもない過去の自分自身の言葉だったからだ。
神崎は、最後の望みを託すかのように、震える声で朝倉に問いかけた。
「総理……では、あの事件も…? 数年前、この国を揺るがした、安野元首相の暗殺事件…。あれも、あなた方の…この“秩序”のための、計画だったというのですか…?」
朝倉は、何も答えなかった。ただ、手にしていたブランデーグラスを、ゆっくりと揺らし、琥珀色の液体が描く円環を、虚ろな目で見つめているだけだった。
神崎の脳裏に、忌まわしい記憶が鮮明に蘇る。あの日…あの衝撃的な朝…テレビも新聞も、各社が
一斉に、まるで申し合わせたかのように同じ見出しを掲げていた。
《安野元首相暗殺、犯人は“思想的背景を持たない単独犯”と断定、動機は“個人的な宗教的錯乱”によるものか》
だが、神崎は知っていた。あの犯人とされる男の裁判は、事件から5年以上が経過した今も、一度として正式に開かれていないという事実を。あの日の報道に満ちていた数々の「矛盾」は、誰かが意図的に情報を操作し、国民の目を欺くために巧妙に書き換えたものだったのだということを。
神崎は、唇を強く噛み締めた。じわりと、鉄の味が口の中に広がった。それは、痛みの味であり、
血の味であり、そして何よりも、自らの無力さを噛み締める、絶望の味だった。
朝倉が、ようやく重い口を開いた。その声は、もはや神崎の存在など意に介していないかのように、どこか遠く響いていた。
「地獄かどうかは、君自身の“信仰”の在り方次第だよ、神崎君。ただ一つ言えるのは、我々はすでに、我々が望む“天国”の入り口に立っているということだ。そして、君もその天国への扉を開ける重要な鍵の一つなのだよ」
李が、音もなく、しかし威圧的な存在感を放ちながら、静かに立ち上がった。
「……神崎議員。あなたには、まだ“選択”の機会が、かろうじて残されています。あなたが、あの長谷川というネズミと共に、虚しい“真実”とやらを追い求め、全てを失うのか。それとも、我々が支え、そして君にもその恩恵を約束する、この揺るぎない“現実”の側につくのか。賢明な判断を期待していますよ」
再び、部屋に、死のような沈黙が訪れた。
窓の外、遠くで、不気味な雷鳴が轟いた。それはまるで、これから神崎が下すであろう選択の行く末を、そしてこの国の暗い未来を、嘲笑うかのようだった。富士の山は、相変わらず、ただ黙して、この人間たちの愚かで醜い所業を見下ろしていた。
崩れゆく沈黙
あの忌まわしい張夫妻の邸宅での出来事から数日が過ぎていたが、スアン・チャンの心は、未だ重く立ち込めた暗雲に覆われたままだった。日中、職場でPCに向かい報告書を打ち込んでいる時も、同僚と当たり障りのない会話を交わすランチタイムも、まるで自分だけが分厚いガラスの向こう側にいるかのように、現実感が希薄だった。キーボードを打つ指はしばしば止まり、目の前のモニターの文字は意味をなさず、食事の味はまるで砂を噛むようだった。ユアンのあの苦しそうな寝顔と、張夫妻の冷酷な眼差しが、脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。
「スアンさん……大丈夫? 最近、なんだか元気ないみたいだけど……顔色も、あまり良くないわよ」
休憩スペースで、ぼんやりと窓の外を眺めていたスアンに、ミドリが心配そうに声をかけてきた。
その飾り気のない、心からの優しさが込められた柔らかな声に、張り詰めていた
スアンの肩の力が、ふっとわずかに抜けるのを感じた。
「……ごめんね、ミドリ。ちょっと……色々考え事しちゃってて。仕事で迷惑かけてないかしら?」
「ううん、そんなこと全然ないわよ。でも、無理しないでね」ミドリはにっこり笑うと、
スアンの隣の椅子にそっと腰を下ろした。そして、持っていた可愛らしい柄の小さな保温ポットを、スアンの前にことりと置いた。
「これ、良かったら飲んで。生姜と蜂蜜入りの温かいお茶。うちの子が風邪をひいた時とか、ちょっと元気がない時によく飲ませてるの。身体が温まるし、気持ちも少し落ち着くと思うから」
「子供が風邪をひいた時……」その何気ない言葉が、スアンの胸の奥の、最も柔らかい部分を微かに
揺らした。ユアンの笑顔、ユアンの温もり、ユアンの未来……。
「……ミドリ……ありがとう。実はね、少し…誰かに話を聞いてほしいことがあるの。
本当に、どうしたらいいか分からなくて……。実は……数日前に、ある人たちから、娘のことで、とても信じられないような……」
スアンが、震える声で、堰を切ったように話し始めようとした、まさにその瞬間だった。
「スアン、ちょっといいかしら」
まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、鋭く、しかし不自然なほど抑揚の
ない声が、二人の会話に割って入った。声の主は、同じ部署で働く同僚の中国人女性、リウだった。彼女は、普段は物静かで控えめな性格として周囲に認識されており、必要以上に他人と関わろうとすることは滅多になかった。だが今、スアンに向けられた彼女の目は、普段の彼女からは想像もつかないほど、妙に鋭く、そして冷たい光を宿していた。
「午後からのクライアントとのミーティングの準備、少し手伝ってほしいのだけど、今、時間ある?」
リウは、その顔に当たり障りのない営業用の笑顔を浮かべていたが、その笑顔はどこか薄っぺらく、まるで精巧に作られた仮面のように、スアンには感じられた。
「……ごめんなさい、リウさん。今、ミドリさんとちょっと大事な話を……」
スアンが戸惑いながら言いかけた、その時だった。
リウは、すっとスアンのすぐそばまで近づくと、周囲に他の社員がいないことを確認するように素早く視線を走らせ、そして、スアンの耳元に顔を寄せ、氷のように冷たい声で、しかしはっきりと囁いた。
「ここで“余計なこと”を誰かに話せば、本当に困ったことになるのは、あなたと、そして…大切なユアンちゃんだということを、よく覚えておいた方がいいわ。私たちの組織は、あなたが思っているよりもずっと多くのことを見ているのよ」
その囁きは、まるで毒蛇が吐き出す冷気のように、スアンの全身を貫いた。血の気が引き、指先が急速に冷えていくのを感じる。目の前にいるミドリの、何も知らずにこちらを心配そうに見つめる優しい視線が、今はかえって鋭い刃のようにスアンの胸を刺した。
「ごめん……ごめんなさい、ミドリ。やっぱり……今は、まだ……何も話せない……。本当に、ごめんなさい……」
スアンは、声を絞り出すのがやっとだった。ミドリは、スアンの豹変ぶりに明らかに
不思議そうな顔をしたが、彼女の深い苦悩を察したのか、それ以上は何も追及せず、ただ、「そっか……分かった。でも、いつでも聞くからね。無理しないで」と、静かに頷くだけだった。
リウは、そんな二人を無表情で見つめ、そして、再びあの“作られた笑顔”を浮かべると、「じゃあ、準備、お願いするわね」と言い残し、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
スアンは、ミドリの優しさと、リウの脅迫の板挟みになりながら、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。休憩スペースの窓から差し込む午後の光が、やけに白々しく感じられた。
汚された選択肢
夕暮れ時、池袋の裏通りは、むせ返るような夏の湿気と、香ばしい焼き鳥の煙、そして雑多な人々の喧騒がカオスのように入り混じり、独特の猥雑な熱気を帯びていた。赤ちょうちんが妖しく揺れ、客引きの怒声に近い呼び込みの声が、狭い路地に反響している。スアン・チャンは、そんな喧騒を縫うようにして、小さな買い物袋を胸に抱え、うつむき加減に急ぎ足で歩いていた。一刻も早く、この息苦しい場所から抜け出し、ユアンの待つ家へ帰りたかった。
その時だった。まるで周囲の喧騒だけがふっと音を消したかのように、静かで、しかし有無を言わせぬ響きを伴った声が、彼女の背後からかけられた。
「こんばんは、スアンさん。少し、よろしいでしょうか」
スアンは、心臓が跳ね上がるのを感じながら、ゆっくりと振り向いた。街灯の頼りない
光の下に立っていたのは――張俊傑(チャン・シュンチエ)と、その妻リ・シュイ。あの悪夢のような邸宅の主たちだった。彼らの顔には、以前よりもさらに深い、全てを見通しているかのような“確信”に満ちた、薄気味悪い笑みが浮かんでいた。
リ・シュイが、まるで優しい子守唄でも歌うかのように、しかしその瞳の奥は一切笑わずに、言葉を紡いだ。
「あなたの“賢明な選択”には、あなたと、そして何よりも愛するユアンちゃんの、輝かしい未来がかかっているのですよ。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
スアンの足が、まるで鉛を流し込まれたかのように、その場にぴたりと止まった。張は、相変わらず一言も発することなく、ただ氷のように冷徹な視線でスアンの心の奥底までをも射抜くように見つめていた。彼らの存在そのものが、あの邸宅で感じた「人の倫理や道徳といったものが一切通用しない、絶対的な力の秩序」の、悪夢のような再来だった。
「私の未来も、ユアンの未来も、あなたたちのような人間のために使うつもりは、一切ありません!」
声は、自分でも驚くほどはっきりと、そして強く出た。だが、その言葉とは裏腹に、胸の奥深くで、何かが音を立ててひび割れていくような、激しい痛みを感じていた。張が、ほんのわずかに、しかし侮蔑の色を隠さずに、口角を歪めた。
「未来というものは、誰のものでもあるようで、実は誰のものでもない。そして、最終的には、力を持つ誰かがそれを決めるのだよ、スアン・チャン。君が、そうやって虚勢を張って我々の提案を拒んでいられるうちは、まだ君にも“自由”という名の幻想が残されているということだ。だが、その幻想も、長くは続かないだろう」
その言葉を最後に、張夫妻は、まるで人波という名の闇に溶け込むかのように、あっけなく群衆の中へと紛れ、姿を消した。まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。
スアンは、しばらくの間、彼らが消えた方向を、呆然と見つめていた。
自宅マンションの冷たいドアノブを回し、震える手で扉を開けたスアンに、いつもの「おかえり!」というユアンの明るい声はなかった。代わりに、部屋の奥から、動物のうめき声のような、苦しげで微かな音が漏れ聞こえてくる。嫌な予感が、背筋を凍らせた。
スアンは、買い物袋を床に落とすのも構わず、寝室へと駆け込んだ。そして、そこで目にした光景に、彼女は全ての言葉を失い、ただ声を上げて泣き崩れそうになるのを必死で堪えた。
「ユアン……!? ユアンッ!しっかりして!」
愛する娘ユアンが、ぐっしょりと汗に濡れたシーツの中で、まるで木の葉のように小刻みに震え、浅く速い呼吸を繰り返していたのだ。その小さな体は、まるで目に見えない何かに内側から蝕まれていくかのように、見る影もなく衰弱しきっていた。
病院の夜間救急外来――無機質で冷たい白色灯が、スアンの絶望を容赦なく照らし出す。彼女は、まるで遠い世界の出来事を聞くかのように、医師の淡々とした、しかし残酷な言葉の宣告を受けていた。
「急性進行性の免疫不全症候群です。残念ながら、非常に稀で悪質なケースで、通常の投薬治療では、もはや進行を止めることはできません」
「……ち、治療法は……何か、何か手立ては、ないのですか……先生っ!?」スアンは、懇願するように医師にすがりついた。
「唯一考えられるのは、適合するドナーが見つかり次第、可及的速やかに臓器移植を行うことです。ですが……ですが、お嬢さんに残された時間は、決して多くはありません」
その非情な宣告に、スアンの視界がぐにゃりと歪み、意識が遠のきそうになった、まさに
その瞬間だった。担当医が、手元の電子カルテの備考欄にふと目を留め、訝しげな声を上げた。
「……ん? 『ImmuSafe-Beta』…? お子さん、数週間前に特殊なワクチンを接種されていますね。
これは、通常の定期接種リストには含まれていない、極めて限定的なプログラムのはずですが
……どちらで?」
医師が、タブレット端末の画面をスアンの方へと回転させて見せる。そこには、紛れもない事実が、
冷酷なまでに明確に記録されていた。
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接種記録
項目: 特例防疫対応プログラム/ImmuSafe-Beta(非公開臨床試験)
実施機関: 恒昌学園付属提携医療センター(未来健康科学研究機構管轄)
日付: 2031年6月3日
保護者同意署名: リ・シュイ(保護者代理人として代行署名)
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スアンは、その画面を見た瞬間、息が止まるかのような激しい衝撃に肩を揺らした。
全身の血が逆流し、頭の芯が凍りつくような感覚。
「わたしじゃ……ない……こんなものに、私が同意したことなんて、絶対に……絶対に、
ない……っ!」
脳裏に鮮明に蘇ったのは、あの保護者説明会での、リ・シュイの、人懐っこくて安心感を
与える、あの“完璧な笑顔”だった。「お忙しいスアンさんの代わりに、私がきちんと聞いて、後で詳しくご説明しますから、ご心配なく」――そう言って、彼女は親切にも、ユアンの予防接種に関する書類の代筆まで申し出てくれたのではなかったか。
(あの時から……あの時から、全ては仕組まれていたというの……? ユアンは、私の知らないうちに、あの人たちの実験台にされていたというの……!?)
裏切りと、怒りと、そして何よりも深い後悔の念が、スアンの心を容赦なく引き裂いた。
深夜、人気のない病室のロビーの硬いベンチで、スアンは、両手で頭をきつく抱え、
ただ蹲っていた。涙はとうに枯れ果て、残っているのは、虚無感と、出口のない絶望だけだった。
その時――コートのポケットで、スマートフォンが、まるで悪魔の呼び出しのように、
不気味に震えた。ディスプレイには「非通知」の文字。一瞬のためらいの後、彼女は、
何かに操られるように、震える指で通話ボタンを押した。
「……スアン・チャンさんですね」
張でも、リ・シュイでもない。だが、彼らと同じ、感情というものを一切感じさせない、
冷たく平坦な、あの組織に属する人間の声だった。
「お嬢さんの容態、お察しいたします。ですが、どうかご安心ください。もし、あなたが
本気でユアンさんを救いたいと願うのなら、私たちと“もう一度、建設的なお話をする”ことを、
強くお勧めいたします」
「……あなたたちは……あなたたちは、平気で人の“命”を弄び、選別しているというの……!?」
スアンの声は、怒りと絶望でかすれていた。
「いいえ、誤解なさらないでいただきたい。私たちは、ただ無秩序に散らばる“可能性”を、より効率的に“整理”し、社会全体の幸福に貢献しているに過ぎません。あなたが、その言葉の真の意味を、深く理解してくださっていると、私たちは固く信じています」
一方的に通話が切れた。スマートフォンの画面は、無慈悲なまでに真っ暗だった。
スアンの手は、怒りとも恐怖ともつかない感情で、激しく震えていた。
病室の曇りガラスの向こうに、ユアンの、か細い寝息を立てて静かに眠る姿が、ぼんやりと見える。あの子の無垢な寝顔。あの子の温もり。あの子の未来。
(この子を、私は……私は、一体どうやって、この巨大な悪意から守り抜けばいいというの……?)
目の前にある、今にも消え入りそうな小さな命。そして、その命を人質に取り、非情な選択を迫る、
底知れない闇の構造。
母として、いや、一人の人間として、今、スアン・チャンは、逃れることのできない、絶望的な“交差点”のど真ん中に、独り立たされていた。どちらに進んでも、地獄しか見えないような、そんな場所に――。
毒を宿す針先
鉛色の雲が低く垂れ込めた東京湾岸。湾岸道路を疾走する車のヘッドライトが、時折、
高層マンション群の冷たいガラス壁をなめらかに照らし出す。その一つの部屋の窓辺に、
スアン・チャンは静かに立っていた。夜風が、開け放たれた窓の隙間から鋭く吹き込み、
彼女の頬を撫でる。スアンは、まるで凍てついた心を温めるかのように、小さく白い息を
吐き、手元にある簡素な黒い合皮のケースを、祈るように見下ろした。
ケースの中には、ベルベット調の布に守られるように、たった1本の使い捨て注射器が
収められていた。その細い針先は鈍い銀色の光を放ち、シリンダーの中には、何の変哲も
ない、ただ無色透明の液体が、悪夢のような沈黙を保っていた。だが、スアンには分かっていた。
そのあまりにも静かな液体の奥底には、確実に、そして取り返しのつかない“死”が、冷ややかに
潜んでいることを。
「この子に……この小さな、何も知らないあの子に、この針を打てば……その瞬間、私は、私自身の手で、死神になるんだ……」
呟いた言葉は、夜の闇に吸い込まれ、誰にも届くことなく消えていった。だが、彼女の胸の奥には、まるで溶けた鉛を流し込まれたかのような、重く、息苦しい塊が、ずっしりと居座り続けていた。それは、罪悪感であり、恐怖であり、そして何よりも深い絶望だった。
数時間前、スアンのスマートフォンに届いたのは、リ・シュイからの、簡潔だが刃物のように冷たい一通のメッセージだった。そこには、絵文字一つない、ビジネスライクな文面で、しかし有無を言わせぬ命令が記されていた。
「明朝9時、保健福祉局の定期家庭訪問員として、港区在住のミドリ・タナカ宅を訪問のこと。娘カナ(7歳)に“予防接種”を実施。種類コード『ImmuSafe-Gamma Variant』。
接種記録及び保護者同意サインは不要。全てのデータはこちらで調整し、正式な記録として後日システムに反映させる。失敗は許されない。ユアンちゃんの“次の治療ステージ”は、あなたのこの任務の成否にかかっていることを、ゆめゆめ忘れるな」
淡々と、非情に、それでいて一切の拒絶や言い訳を許さぬ、絶対的な命令。スアンの手は、メッセージを読んだ瞬間から、カタカタと震えが止まらなかった。脳裏には、病院のベッドで苦しげに呼吸を繰り返す、愛娘ユアンの衰弱しきった姿が焼き付いている。あの小さな命の灯火は、今や完全に彼ら――〈魂の解放同盟〉と、その背後にいる得体の知れない組織――の掌の上で、風前の灯のように揺らめいていた。それが、彼女が直面している、あまりにも過酷な「現実」だった。
「断ることなんて、できるはずがない……ユアンが……ユアンが、死んでしまう……」
彼女は、まるで呪文のようにその言葉を繰り返し、ゆっくりとケースの蓋を閉じた。注射器の冷たい感触が、まだ指先に残っているような気がした。
約束の朝
翌朝、約束の時刻きっかりに、スアンはミドリの住むマンションのインターホンを鳴らした。その指は、氷のように冷え切っていた。心臓は、まるで警鐘のように激しく胸を打ち、今にも肋骨を突き破って飛び出してしまいそうだった。
「はーい!」
弾むようなミドリの声と共にドアが開き、いつものように太陽のような優しい笑顔が、スアンを迎えた。その一点の曇りもない、温かな笑顔が、今のスアンの心には、まるで鋭い棘のように容赦なく突き刺さった。
「スアンさん!本当に来てくれてありがとう! 朝早くからごめんなさいね。カナったら、昨日の夜からちょっと熱っぽくて、咳も出てて……。あなたに相談できて、本当に良かったわ」ミドリは、心から安堵したように胸を撫でおろした。
部屋の奥から、小さな子供特有の、甘えるような可愛らしい咳き込みが聞こえてくる。
カナの体調不良は、本当にただの偶然なのだろうか。それとも、これもまた、彼らが巧妙に仕組んだ、スアンの良心を麻痺させるための“準備”の一環なのだろうか。疑念が、毒虫のようにスアンの心を這い回る。スアンは、ミドリの純粋な感謝の言葉に、まともに顔を上げることすらできず、俯いたまま、かろうじて頷いた。
「……いえ……当然です、ミドリさん。カナちゃんのためですから……。とにかく、少しだけ、カナちゃんの様子を診させてください。お熱と、喉の具合を……」
言葉が、途切れ途切れにしか出てこない。
リビングに通されると、ソファの上で、少し顔を赤らめたカナが、不安そうな表情で母親のミドリを見上げていた。
「カナ、大丈夫よ。スアンさんが来てくれたからね。優しい看護師さんなのよ」
ミドリがそう言ってカナの頭を撫でると、カナは少し安心したように、小さな声で「こんにちは……」とスアンに挨拶した。その無垢な瞳が、スアンの罪悪感を容赦なく抉る。
「さあ、カナ、スアンさんにお口の中、見せてあげてね。お熱も測りましょう」
ミドリが体温計を取りに席を外した、ほんの一瞬の隙だった。
スアンは、震える手で、バッグの中からあの黒い合皮のケースを取り出した。その動きは、まるで罪を犯す共犯者のように、ぎこちなく、そして恐ろしくゆっくりとしていた。ケースを開け、注射器の冷たい感触を指先で確かめる。その瞬間、目の前で、カナが無邪気な笑顔を浮かべ、首をこてんと傾けて言った。
「スアンさん……今日も、あとで、お茶……いっしょに、飲もう」
以前、スアンがユアンを連れてこの家を訪れた時、スアンにも小さなカップでお茶を淹れてくれたのだ。その時の、屈託のない笑顔と、小さな手の温もり。
その一言が、その記憶が、まるで鋭利なナイフのように、スアンの胸の最も柔らかい部分に、深く、深く突き刺さった。スアンの手が、ぴたりと止まった。注射器が、彼女の震える指から滑り落ちそうになる。
(だめだ……できない……私には、できない……こんな……こんなこと、できるはずがない……!)
心の中で、絶叫がこだまする。
嗚咽と後悔の浸食
その夜、スアンは、人気のない公園の公衆電話から、震える手で教団の連絡員に指定された番号へ電話を入れた。自分のスマートフォンを使うことすら恐ろしかった。
「……もしもし……私です……スアン・チャンです……」
声は、涙でかすれ、ほとんど聞き取れないほどだった。
「……今日の……今日の件ですが……私は……私には、できませんでした……っ。あの子に……ミドリさんの、あんなに小さなカナちゃんに、あんなものを……あんなものを、打つことなんて……どうしても、できませんでした……! お願いです、どうか……どうか、ユアンだけは……!」
嗚咽と共に、言葉にならない懇願が漏れる。だが、受話器の向こうから返ってきたのは、
予想していた以上に冷酷で、一切の感情を排した、まるで機械のような応答だった。
「そうですか。それは、非常に残念ですね、スアン・チャンさん。あなたの母としての“情”が、我々の合理的な“提案”を上回ってしまった、ということですか。理解に苦しみますが、まあ、それも一つの“選択”なのでしょう」
声には、侮蔑ともとれる響きがわずかに含まれていた。
「ですが、ご承知の通り、我々の世界では、全ての選択には、それ相応の“結果”が伴います。あなたが選ばなかった道……その道を選んでいれば得られたはずの“可能性”が、今、あなたの目の前から消え去ろうとしている。ただ、それだけのことですよ。では、次は……そうですね、あなたの最愛の娘さん、ユアンちゃんが、一体どうなってしまうのか……我々も、固唾を飲んで見守らせていただくことにしましょうか」
ガチャリ、と無機質な音を立てて、一方的に通話が切られた。スアンは、受話器を握りしめたまま、その場に崩れ落ちそうになった。
「そんな……嘘よ……」
その直後、彼女の私用のスマートフォン(電源は切っていたはずなのに、なぜか起動していた)が、
不気味な通知音を立てた。画面に表示されたのは、一枚の画像ファイルと、短いメッセージ。
画像は、病院の集中治療室らしき場所で、痛々しいほど多くの医療チューブに繋がれ、ぐったりとベッドに横たわるユアンの姿だった。その顔色は、以前よりもさらに悪化しているように見える。そして、添えられたメッセージには、こう記されていた。
「ユアンちゃん、緊急治療プロトコルステージ4へ移行。新規治験薬『NeuroRegen-X7』(未承認・高リスク副作用多数)の限定的投与を開始。生存確率は、現時点では算出不能。今後の推移にご期待ください」それは、事実上の死刑宣告にも等しかった。
(わたしが……わたしが、カナちゃんを裏切らなかったから……そのせいで、ユアンが……? わたしが黙って、あの注射を打っていれば、ユアンは助かったかもしれないのに……? でも、話せば…この組織のことを誰かに話せば、その瞬間に、ユアンの命は保証されない……)
頭の中で、同じ問いが、ぐるぐると、まるで終わりのない拷問のように繰り返される。正義とは何か。母性とは何か。どちらを選んでも、誰かが犠牲になる。どちらを選んでも、自分は取り返しのつかない罪を犯すことになる。
その夜、スアンは、全ての灯りを消した自室の冷たい床の上で、声を殺して、ただひたすら嗚咽を漏らしていた。窓の外の、華やかで無関心な都会の夜景が、彼女の絶望をさらに際立たせていた。引き裂かれ、踏みにじられ、選択の余地すら奪われた彼女の心は、すでに限界を超え、壊れかけていた。
だが、その壊れかけた心の片隅で、ほんの小さな、しかし消えない熾火のようなものが、まだ燻っていた。それは、怒りか、諦観か、あるいは――このままでは終われないという、最後の抵抗の意志だったのかもしれない。
彼女は、涙で濡れた手で、スマートフォンの画面を睨みつけた。そこには、ユアンの痛々しい姿と、組織からの冷酷なメッセージが、まだ生々しく表示されていた。
(……まだ……まだ、何かが……何か、できることがあるはず……)
その思いだけが、彼女をかろうじて繋ぎとめていた。
仕組まれた静寂
梅雨明け前の東京。ねっとりとした湿気が街全体を覆う、ある日の午後。都心を見下ろす高層ビルの一室、その最奥にある冷たく薄暗い地下会議室で、教団〈魂の解放同盟〉の最高幹部、李シェンは、無言のままスマートフォンの画面を凝視していた。ガラス質の瞳には何の感情も浮かばず、ただ画面に映し出される光景だけが、彼の網膜に焼き付いている。そこに映っていたのは、古びた廃ビルの一室で、小さな背中を丸めて怯える5歳の少女――ミドリの娘であり、長谷川圭一の血を引く、カナの姿だった。映像には音声がない。だが、少女の恐怖は痛いほど伝わってきた。
「長谷川圭一……あの男の反応次第で、次の“駒”の動かし方を決めよう。我々の“庭”で、これ以上好き勝手な真似はさせん」
李の静かな呟きに、隣で影のように控えていた黒服の部下が、感情を一切見せずに、深く頷いた。彼らにとって、子供一人の命など、壮大な計画の駒の一つに過ぎなかった。
その頃、スアン・チャンは、愛娘ユアンの「新たな投薬計画」という名の、事実上の死刑宣告に等しい通告を受け、既に精神の限界に達していた。教団からの連絡は、あの冷酷な最後通牒の後、意図的に途絶えていた。それがかえって、首を絞められるような息苦しさとなって彼女を苛み続ける。眠れぬ夜、ユアンの浅く苦しげな呼吸を聞くたびに、彼女の心は罪悪感と無力感で千々に乱れた。
「私が…私が、あの時、もっと早くミドリさんに相談していれば…あの時、あんな組織と
関わらなければ…カナちゃんを危険な目に遭わせることも…ユアンをこんな苦しみに…」
後悔の言葉は、もはや声にならず、ただ熱い涙となって彼女の頬を濡らすだけだった。
引き裂かれる日常
その悪夢のような日々の中で、ついに恐れていた事態が発生する。ミドリが、ほんのわずかな時間、洗濯物を取り込むためにベランダへ出た、その一瞬の隙に。
「…あら? カナ? カナちゃん、どこー?」
リビングに戻ったミドリが、愛娘の姿が見えないことに気づき、家中を探し始めた。胸騒ぎが、冷たい手のように彼女の心臓を掴む。
「……カナ……? カナ!!!」
玄関のドアが、ほんの数センチ、不自然に開いていた。そして、そのたたきには、カナが今日初めておろしたばかりの、お気に入りの赤いスニーカーが一足分だけ、まるで慌てて脱ぎ捨てられたかのように、乱雑に転がっていた。ミドリの全身から、急速に血の気が引いていく。頭の中で、危険を知らせる警鐘がけたたましく鳴り響いた。
その直後、まるでタイミングを見計らったかのように、リビングのインターホンが甲高い音を立てた。ミドリは、震える手で受話モニターに駆け寄る。だが、そこに映し出されたのは、誰もいない、がらんとしたマンションの廊下だけだった。不気味な沈黙。そして――
「――あなたの“これからの行動”が、お嬢さんの命運を左右します。警察への通報は、最も愚かな選択となるでしょう。我々は、常にあなたを見ている」
抑揚のない、まるで機械が合成したかのような冷たい声だけが、スピーカーから響き渡った。ミドリは、その場にへなへなと崩れ落ち、声を殺して泣き叫んだ。
告白
その夜、長谷川圭一のスマートフォンに、非通知の着信が入った。警戒しながらも応答した彼の耳に叩きつけられたのは、耳慣れた、それでいて今は蛇のようにねっとりとした皮肉と悪意に満ちた、あの李シェンを彷彿とさせる低い声だった。
「長谷川君、息災かね? ジャーナリスト風情が何を勘違いして我々の“聖域”を嗅ぎ回っているのか知らんが、忠告しておく。こちらも、君に対する“最終選択”は、とうに終えている。今度こそ、“君が何よりも守りたいもの”が、君の目の前で無残に失われる番だ」
言葉と共に、メッセージアプリに動画ファイルが添付されて送られてきた。震える指で再生ボタンを押すと、そこに映し出されていたのは、薄暗い部屋の隅で、目隠しをされ、小さな肩を震わせて泣きじゃくる、愛娘カナの姿だった。
「貴様らぁ……っ! カナに何をする気だ!!」
長谷川は、我を忘れ、電話口で獣のように吼えた。だが、すぐに歯を食いしばり、冷静さを取り戻そうと必死に努める。警察に通報? 無意味だ。いや、それ以上に危険だ。相手は、国家の中枢と裏社会を同時に掌握し、証拠など握る前に、全てを“不慮の事故”として闇に葬り去ることのできる、途方もない力を持った連中なのだ。
翌日。都心の公園、人影もまばらな午後のベンチに、ミドリは虚ろな目で座っていた。
長谷川は、言葉もなく彼女の隣に腰を下ろした。元夫婦という関係を超え、今はただ、愛する娘を奪われた父親と母親として、二人はそこにいた。
「……ミドリ、すまない。本当に、すまない……お前とカナを、こんな危険なことに巻き込んだのは、全て俺の責任だ…」長谷川の声は、絞り出すようだった。
ミドリは、憔悴しきった顔でうつむいたまま、ただ震える唇で、途切れ途切れに呟いた。
「……私、圭一さんのこと…もうとっくに、私の人生からはいなくなった人だって、そう信じてた…信じようとしてた。でも……今はもう……そんなこと、どうでもいいの……カナを…あの子を無事に返してくれるなら、私は、なんだってする……なんだって……!」
二人の背後から、何かに怯え、追い詰められたような、か細い足音が近づいてきた。
「……ミドリさん……」
息を切らして現れたのは、スアンだった。その顔は蒼白で、目の下には深い隈が刻まれている。ミドリが驚いて顔を上げた瞬間、スアンは、まるで懺悔する罪人のように、深く、深く頭を下げた。その声は震え、必死で涙を堪えているのが痛いほど伝わってきた。
「私が……私が、いけないんです……! あの注射を……カナちゃんに、あの恐ろしい注射を打つように、私は…組織から命令されていたんです……。でも……どうしても、できなかった……私には、できなかったの……! 私は、母親として最低です…自分の子供を守るためだけに、あなたの…あなたたちの大切なカナちゃんに、この手で“死”を押し付けるなんて……そんなこと…!」
ミドリは、スアンの衝撃的な告白に、言葉を失い、ただ目を見開いた。怒りと、混乱と、そしてわずかな憐憫がないまぜになった複雑な視線で、スアンを見つめ返した。
「なに?……なぜ、あなたが……? ユアンちゃんのためにって?なにがあったの?
……カナを……そんな…わからない、なにを言ってるの?……」
スアンは、もはや堪えきれず、その場に泣き崩れた。
「……何もかも失うことになっても……あの注射だけは、私には打てませんでした……カナちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
2人の話を聞いていた長谷川は、スアンの肩にそっと手を置き、そして、天を仰いだ。教団の非道さと、翻弄される母親たちの悲痛な叫びに、彼の心は怒りと無力感で張り裂けそうだった。しかし、同時に、スアンの最後の良心が、まだ希望を繋ぎとめているのかもしれない、とも感じていた。
社会からの抹殺
用意周到な教団の次なる一手は、長谷川を社会的に抹殺することだった。翌朝。日本中の家庭のテレビ画面に、衝撃的な速報テロップが流れた。
《速報:独立ジャーナリスト・長谷川圭一氏、過去の不正献金疑惑及び複数の女性問題で現職大臣と癒着か――関係者からの告発と証拠資料が匿名投稿サイトに大量リーク》
そのニュースは瞬く間にネットを駆け巡り、SNSは一気に炎上した。
「長谷川圭一は偽善者だ!」「金と女に溺れた自称正義のヒーローの末路!」
根も葉もない憶測と、悪意に満ちた罵詈雑言が、津波のように長谷川に襲いかかった。
長谷川は、都内の安宿の一室で、静かにそのニュースを見つめていた。その顔には、怒りも、悲しみも、もはや浮かんでいなかった。ただ、底知れない闇の深淵を覗き込んだ者の、冷え切った覚悟だけが宿っていた。
「……やってくれたな。見事な手際だ。ここまで大掛かりな芝居を打ってくるとはな、“国家の顔をした何か”さんよ……」
その夜、長谷川は、人目を忍び、古い地下喫茶店の最も奥まった席に、ミドリと、そして憔悴しきったスアンを呼び寄せた。
重々しい扉の向こう、薄暗い裸電球の照明の下、彼の顔には、もはや“ただの記者”の影は微塵もなかった。その双眸は、獲物を前にした獣のように、鋭く、そして危険な光を放っていた。
「ミドリ、スアンさん。もう、俺たちが、こんな卑劣なやつらに一人ずつ、なぶり殺しにされて終わるのを、黙って待っているのは終わりだ」
ミドリは、まだスアンの顔を真っ直ぐに見ることができないでいたが、その瞳の奥には、怒りだけではない、何か別の感情も揺らめいていた。
彼の声は低く、しかし確固たる意志に貫かれていた。
「誰かが、この腐りきった流れを断ち切らなきゃならないんだ。次は……こちらから仕掛ける。これはもう、ペンと取材だけの戦いじゃない。俺たちの“日常”と“未来”を取り戻すための戦いだ」
長谷川の目が、暗闇の中で、確かに赤く燃えていた。それは、絶望の淵から立ち上がる者の、反撃の狼煙だった。ミドリとスアンは、その言葉に、息をのんだ。彼女たちの目にもまた、かすかな、しかし消えることのない光が灯り始めていた。
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